冷凍死
若き野心にみちた科学者フルハタは、棺の中に目ざめてから、もう七日になる。
「どうしたのかなあ。もう棺の蓋を、こつこつと叩く者があってもいいはずだ」
彼は、ひたすら棺の外からノックする音をまちわびている。
棺といっても、これはわれわれの知っているあの白木づくりの棺桶ではない。難熔性のモリブデンの合金エムオー九百二番というすばらしい金属でつくった五重の棺である。また棺内は、白木づくりの棺のように辛うじて横になっていられるだけの狭さではなく、なかなか広い。天井の高い十畳敷の部屋ぐらいの広さだ。そこにベッドもあれば、冷凍機械もあり、温度調節器もあり、ガス発生器とか発電機とか信号器とかいろいろの機械がならんでいる。また、たくさんの参考文献や、そのほか灰皿や歯ブラシや安全剃刀などという生活に必要ないろいろな品物も入っている。早くいえば、研究室と書斎とを罐詰にしたようなものである。
彼フルハタは、この風変りな棺桶のなかで、すでに一千年余の冷凍睡眠をへたのである。
冷凍睡眠というのは、人間を生きたまま氷結させてしまい、必要な年数だけ、そのままにしておくことである。これはなかなかむずかしい技術で、ことに冷凍の程度をすすめてゆくスピードがむずかしい。下手をやれば、それきりで人間は永久に死んでしまうのである。うまくこれをやれば、三日後であろうと百年後であろうと、また彼フルハタの場合のように一千年後であろうと、冷凍人間の生命は保存される。そしていい頃合にこの冷凍をといて、ふたたび蘇生することができる。このときまた、冷凍している人体を融かして元に戻す技術が、なかなかむずかしいのであるが、とにかく彼フルハタの場合には、どっちも完全にうまくいった。
それもそうであろう。この若い科学者フルハタの実験は、彼一人の力によったものではなく、「一千年人間冷凍事業研究委員会」という長たらしい名の科学者団体があって、その協力によって行なわれたものである。
今もいったように、棺の中は、四角な部屋になっているが、外は球状をなしていて、どの方向からの圧力にも耐えるようになっていた。
2:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 05:54:44.33ID:qh144NKvM
一千年後の覚醒ののち七日たってフルハタの疲労はすっかり回復し、この棺桶に入ったときのことが、まるで昨日のように思われるのであった。まったく一千年というものを、よく眠ったものであった。
だが、果して一千年を眠りつづけたか。それは壁にかけられているラジウム時計が、ちゃんと保証をしていてくれる。この時計は、ラジウムがたえざる放射によって崩壊する状態を測定し、それによってこの永い年数が自記せられるようになっていた。フルハタは起きあがった最初に、その時計の前にとんでいって、経過時間を読んだ。これによると、一千年よりもすこし眠りすぎていた。時計の読みは、一千年と百六十九日目になっており、紀元でいうと三千六百年の冬二月に相当している。つまり百六十九日だけ、この棺桶機械は誤差を生んだわけである。だがそれにしても一千年に対し百六十九日の誤差であるから大した誤差ではない。ことに、彼フルハタが冷凍状態において、完全にその生命を一千年後にまで保つことができたので、その機械の優秀さは充分にほめていいだろう。
ただこの上の不安は、一千年後になって、この棺桶を外から叩く者がなければならないのであるがそのノックの音がまだ聞かれないことだった。仕様書によると、この厳重な一千年不可開の棺桶は、外から開くのでなければ、絶対に開かない仕掛けになっていたのである。棺桶の構造を堅牢にするうえからいって、どうしてもそのようにするよりほか道がなかったのだ。
「どうしたのだろう。眼ざめるのが百六十九日もおそかったものだから、扉をあけに来てくれる者がどこかに旅行にでも出かけてしまったのではなかろうか」
3:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 05:54:51.18ID:qh144NKvM
裸の女教授
そのときだった。
リリン、リリン、リリーン。
警鈴が、とつぜん冴々とした音響をあげてひびき、密室内の空気をぱっと明るくした。
「あっ、来たぞ、来たぞ、ついに来たのだ。棺桶の蓋を叩いている者がある」
棺桶の蓋を叩けば、この警鈴がリーンと鳴る仕掛けになっていたのだ。さあ助けられるのだ。それにつづいて、ひどい震動が伝わってきた。いよいよこの棺桶が開かれるのだ。
昂奮がややおちついたとき、フルハタは、いったい誰がこの棺桶を開きにやってきたのかと、そのことにはげしい好奇心をわかした。それは、いよいよ彼のいる密室の扉がひらかれるというその直前に迫って、いっそうはげしさを加えた。
どーんと扉がひらいたとき、小暗い外から一人の人間がとびこんできた。
「あっ」
と、フルハタは、途方もない大きなこえをだした。それは非常な愕きのこえであった。彼の目がとらえた再生後はじめてのこの訪問者は、素裸であったからだった。それは文字どおりの素裸であった。しかもこの訪問者は、一目でそれと分る妙齢の婦人だったのである。フルハタは、羞恥でまっ赤になった。だが、この婦人は、顔を赤らめるどころか、いたって平気でフルハタの前に立った。
「フルハタ助教授。そうですね」
「そうです。フルハタです。扉をあけてくだすってありがとう」
「一千年前の世界に住んでいた一人類を、こうして発見したことはわたしのたいへん悦びとするところです。わたしは、あなたの記録を、百九十九区の防空劃を壊しているうちに発見したのですが、長い不錆鋼鉄管のなかに入っていました」
「ああ、そうでしたか」
といったが、かつて友人たちが彼の埋没記録をそんなふうにして二百本の厳重な筒におさめ、方々の地下に埋めたり、また博物館に陳列してくれたのをおぼえていた。
4:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 05:54:58.58ID:qh144NKvM
「で、あなたの名は、なんとおっしゃるのですか」
「わたしのことですか。わたしはハバロフスク大学の考古学主任教授のチタです」
「えっ、主任教授! 失礼ながらそんな若さで、主任教授とは、たいへんなものですね」
私は率直に愕きをのべると、チタ教授は笑って、
「ほほほほ。なにが若いことがありましょうか。今年で九百三回日の誕生をむかえるのですよ」
「えっ、するとあなたは九百三歳なのですね。それはとても信じられない」
まだ十九か二十の溌刺たる女性の四股をもちながら、それで九百三歳とは、首肯しかねる。第一、そんな長寿者がいるものだろうか。
「ほほほほ。そんなことをおっしゃると、わたしはたいへん愉快ですわ。千年前の人類が、どんな知能程度だったかということが、いまはっきり目の前に見えるようで、たいへん参考になります」と、しきりにひとりで悦びつつ、「ですけれど、わたしばかりが悦んでいないであなたのため、早く一千年後の今日の世界はどんなになっているかその常識をつけてさしあげましょう」
といって、チタ教授が、金髪をなでながら話をしたことによると、なんでも人類は、今から九百年前に、死の神を征服したという話だった。つまり人類は、死ななくてもよくなったのだ。なんという大発見であろう。
なぜ、そんなことになったかというと、人体に関する生理学の研究が進歩して、いっさいの病気が電気学によって診断され、そして電気的療法で癒ることになった。心臓の悪い人間は、すぐ代用心臓にとりかえることができる。血圧の高い人間は、半日ぐらいかければ、すっかり血管をとりかえることができる。だから、もし死ぬのがいやなら、決して死なないのである。
それでも、このおどろくべき医学の進歩がおこなわれた当時は、代用臓器がたいへん高価であったし、そして金属で作った関係上、相当に重く、ために代用臓器を装置した人間は、やむをえず歩くことができなくなった。
6:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 05:55:19.69ID:qh144NKvM
それを聞くと、チタ教授は、フルハタの頭脳の古さのなんと気の毒なことよといわんばかりににっと笑い、
「フルハタさん。外科手術なんて九百五十年前にすっかり技術を完成し、傷がつかないようになりましたのよ。だが、わたしの身体に傷痕のないのは、昔の外科手術のおかげというようなもののおかげではなく、これは人造皮膚をつけているから、傷痕がないのです」
「えっ、人造皮膚というと」
「つまり人造肉と似たようなものです。人造なんですから、いつでもこれをばりばりと破って、新しいのと貼りかえられます」
「ははあ、そうでしたか」
といったが、フルハタは唖然とした。さっきから、このチタ教授の素裸を見て、こっちが顔を赤らめていたわけだが、人造皮膚なら羞かしくないのはもっともだ。
「じゃ、失礼ながら、今のあなたの身体というものは、昔、母体から生れて大きくなったあなたの本当の身体とは、大部分違った別物なのですね」
「まあ、そういっても、大した間違いではありません」
「昔のままのあなたとしてのこっているのは脳髄と骨格と顔かたちとだけじゃないのですか」
「いや、そうではありません」
「じゃ、もっと残っているものがありますか」
7:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 05:55:31.69ID:qh144NKvM
「いや、その反対です。いまあなたのおっしゃった顔かたちも別物です。正直なことをいうと、わたしは生れつきあまり美人ではなかったのです。額はとびだし、眼はひっこみ、口は大きく、鼻は曲っていました。そこでわたしは、すっかり顔をとりかえて[#「とりかえて」は底本では「とりかええて」]もらいました。顔のカタログをみて、そのうちで一等好きな顔に直してもらったのです。顔の美醜ほど、昔人類を悩ましたものはありません。だが考えてみると、あの頃の人間も知恵のない話でした。顔の美醜とは、いわゆる顔を構成している要素であるところの眼や眉や鼻や唇や歯の形とその配列状態によって起るのです。眼がひっこんでいるのなら、そこに肉を植えればいいのです。そんなことは大した手術ではありません。ことに人造肉や人造皮膚ができてから、醜い人間はどんどん顔を直して、美男美女になってしまいました。これから街へ出てみましょうか。きっとあなたは、ただの一人も醜男醜女をも発見できないでしょう」
「おお、――」
といっただけで、フルハタは、あとにつぐべき詞を知らなかった。人間の美醜は三万年の人類史を支配したようなものだと思っていたが、今はいくらでも顔をかえられるようになったときいて歎息するよりほかなかった。
8:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 05:55:42.48ID:qh144NKvM
火星との戦争
いよいよフルハタは、棺桶から外に足を踏み出すときがきた。大地を歩くなんて、一千年以来のことだと思うと、じつに感慨無量であった。
外へ出てみると、そこは掘りかけたトンネルのようなところだった。そばを見ると、一本の水鉄砲のようなものが転がっている。
「これは何ですか」
とフルハタが訊くと、
「これは孔をあける器械です。土でもコンクリートでも鉄壁でも、かんたんに孔があきますわ。その洞穴になっているところ、さっき三十分あまりかかって、わたしが掘ったのよ」
と、おどろくべきことをチタ教授はいった。フルハタは、嘘かと思ったが、その水鉄砲みたいな器械は、原子崩壊による巨大なるエネルギーの放出を利用したものであると聞いて、なるほどそうかと思った。
「じゃ、いま動力はすべて原子崩壊からエネルギーを取るのですね」
と訊くと、教援はそうだとこたえて、なんだそんな古いことを聞くといわんばかりの顔をした。
洞穴から外へ出てみると、かつて科学雑誌に出ていた一千万年後の世界という絵そっくりの街があらわれた。まず目についたのは、路が縦横上下に幾百条と走っていることであった。このおびただしい道路は、一つとしてフルハタの知っている道路のように十文字に交叉していなかった。いずれも上下にくいちがっているので、横断などというようなことがなく、どこまで行っても、信号で停められるといったようなことがない。
9:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 05:55:53.32ID:qh144NKvM
さらにおどろいたことは、この道路のうえに、自動車みたいな乗り物が一つも見えないことだ。そして人間が、まるで弾丸のように、しゅっしゅっと走っている。その速さといったら、たいへんなものである。
「ずいぶん、あの人たちは、駈けだすのが速いですね」
とフルハタが赤毛布のような歎息をはなつと、チタ教投はまたほほほと笑って、
「ちがいますよ、フルハタさん。あれは人間が駈けだしているのではなくて、道路が動いているのです。昔の道路は、じっと動かないで、そのうえに自動車だとか列車とかが走っていたそうですね。今の道路は、いずれも皆、快速力で動いているのです。人間がその上にのれば、どこまででも搬んでくれます」
「道路が動くなんて、たいへんな仕掛けだ。動力だけ考えても、ちょっと算盤がとれまいし、第一資源が……」
というと、チタ教授はそれをさえぎって、「いや、今の世の中には、エネルギーはいくらでもあるのです。物質をこわせばいくらでもエネルギーはとれるのです。しかも昔とは比較にならぬ巨大なエネルギーなんです。そんなことは心配いりません」
フルハタは、なるほどと感心した。動力の心配のいらない世の中になったのだ。人類はなんという幸福な日を迎えたのだろう。
そこでフルハタは、一つの重大な質問をチタ教授に向けることを考えついた。
「ねえ、チタ教授。今の世の中でも、戦争はありますか」
「戦争? ええ戦争はありますとも」
11:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 05:56:19.33ID:ItqbCbAk0
文庫サイズで読みたくなる文体だのう
12:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 05:56:19.34ID:qh144NKvM
ダブった
14:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 05:56:47.25ID:qh144NKvM
「はあ、なるほど、彗星との衝突ですか」とフルハタはうなずいたが、「それで地球から移民の必要があるんですね。それなら、金星などゆかないで、地球と気候もいちばんよく似た火星へゆかないのはどうしたわけです」
するとチタ教授は、今までにない険しい目をして、フルハタをふりかえりながら、いったことである。
「あなたも古いだけあって頭脳がわるいのね。いま地球の人類は、火星の生物と戦争しているのじゃありませんか。われわれが金星移民を計画したとたんに、火星生物は妨害をはじめたのです。だから移民ロケットも、今までに七パーセントが金星についたばかりで、他の九十三パーセントのロケットは、みんな火星生物のためロケットはやぶられ、人類は惨殺されてしまったのですよ。なにしろ火星の生物の方が、悪がしこいのだから仕方がありません。いや、人類はもっと早く宇宙戦争に対して準備をすすめておくべきだったと思いますわ。地球上の人類だけがこの広大なる宇宙でいちばんかしこい生物だと思っていたのが、たいへんな自惚れなんですからね」
フルハタは、さっきチタ教授が、「戦争はありますわ」といった戦争は、この宇宙戦争を指していたのだと、はじめて気がついた。
おしまい
15:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 05:57:00.33ID:3g+EoSvY0
続けろ
16:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 05:58:21.23ID:qh144NKvM
この話の続きはないで
作者とっくに死んでるし
17:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 06:00:05.20ID:qh144NKvM
寒い冬が北方から、狐の親子の棲んでいる森へもやって来ました。
或朝洞穴から子供の狐が出ようとしましたが、
「あっ」と叫んで眼を抑えながら母さん狐のところへころげて来ました。
「母ちゃん、眼に何か刺さった、ぬいて頂戴早く早く」と言いました。
母さん狐がびっくりして、あわてふためきながら、眼を抑えている子供の手を恐る恐るとりのけて見ましたが、何も刺さってはいませんでした。母さん狐は洞穴の入口から外へ出て始めてわけが解りました。昨夜のうちに、真白な雪がどっさり降ったのです。その雪の上からお陽さまがキラキラと照していたので、雪は眩しいほど反射していたのです。雪を知らなかった子供の狐は、あまり強い反射をうけたので、眼に何か刺さったと思ったのでした。
子供の狐は遊びに行きました。真綿のように柔かい雪の上を駈け廻ると、雪の粉が、しぶきのように飛び散って小さい虹がすっと映るのでした。
19:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 06:01:12.87ID:qh144NKvM
親子の銀狐は洞穴から出ました。子供の方はお母さんのお腹の下へはいりこんで、そこからまんまるな眼をぱちぱちさせながら、あっちやこっちを見ながら歩いて行きました。
やがて、行手にぽっつりあかりが一つ見え始めました。それを子供の狐が見つけて、
「母ちゃん、お星さまは、あんな低いところにも落ちてるのねえ」とききました。
「あれはお星さまじゃないのよ」と言って、その時母さん狐の足はすくんでしまいました。
「あれは町の灯なんだよ」
その町の灯を見た時、母さん狐は、ある時町へお友達と出かけて行って、とんだめにあったことを思出しました。およしなさいっていうのもきかないで、お友達の狐が、或る家の家鴨を盗もうとしたので、お百姓に見つかって、さんざ追いまくられて、命からがら逃げたことでした。
「母ちゃん何してんの、早く行こうよ」と子供の狐がお腹の下から言うのでしたが、母さん狐はどうしても足がすすまないのでした。
20:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 06:01:47.51ID:qh144NKvM
そこで、しかたがないので、坊やだけを一人で町まで行かせることになりました。
「坊やお手々を片方お出し」とお母さん狐がいいました。その手を、母さん狐はしばらく握っている間に、可愛いい人間の子供の手にしてしまいました。坊やの狐はその手をひろげたり握ったり、抓って見たり、嗅いで見たりしました。
「何だか変だな母ちゃん、これなあに?」と言って、雪あかりに、またその、人間の手に変えられてしまった自分の手をしげしげと見つめました。
「それは人間の手よ。いいかい坊や、町へ行ったらね、たくさん人間の家があるからね、まず表に円いシャッポの看板のかかっている家を探すんだよ。それが見つかったらね、トントンと戸を叩いて、今晩はって言うんだよ。そうするとね、中から人間が、すこうし戸をあけるからね、その戸の隙間から、こっちの手、ほらこの人間の手をさし入れてね、この手にちょうどいい手袋頂戴って言うんだよ、わかったね、決して、こっちのお手々を出しちゃ駄目よ」と母さん狐は言いきかせました。
「どうして?」と坊やの狐はききかえしました。
「人間はね、相手が狐だと解ると、手袋を売ってくれないんだよ、それどころか、掴まえて檻の中へ入れちゃうんだよ、人間ってほんとに恐いものなんだよ」
「ふーん」
「決して、こっちの手を出しちゃいけないよ、こっちの方、ほら人間の手の方をさしだすんだよ」と言って、母さんの狐は、持って来た二つの白銅貨を、人間の手の方へ握らせてやりました。
21:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 06:02:34.85ID:qh144NKvM
子供の狐は、町の灯を目あてに、雪あかりの野原をよちよちやって行きました。始めのうちは一つきりだった灯が二つになり三つになり、はては十にもふえました。狐の子供はそれを見て、灯には、星と同じように、赤いのや黄いのや青いのがあるんだなと思いました。やがて町にはいりましたが通りの家々はもうみんな戸を閉めてしまって、高い窓から暖かそうな光が、道の雪の上に落ちているばかりでした。
けれど表の看板の上には大てい小さな電燈がともっていましたので、狐の子は、それを見ながら、帽子屋を探して行きました。自転車の看板や、眼鏡の看板やその他いろんな看板が、あるものは、新しいペンキで画かれ、或るものは、古い壁のようにはげていましたが、町に始めて出て来た子狐にはそれらのものがいったい何であるか分らないのでした。
とうとう帽子屋がみつかりました。お母さんが道々よく教えてくれた、黒い大きなシルクハットの帽子の看板が、青い電燈に照されてかかっていました。
子狐は教えられた通り、トントンと戸を叩きました。
「今晩は」
すると、中では何かことこと音がしていましたがやがて、戸が一寸ほどゴロリとあいて、光の帯が道の白い雪の上に長く伸びました。
子狐はその光がまばゆかったので、めんくらって、まちがった方の手を、――お母さまが出しちゃいけないと言ってよく聞かせた方の手をすきまからさしこんでしまいました。
「このお手々にちょうどいい手袋下さい」
23:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 06:04:04.52ID:qh144NKvM
すると母さんの声が、
「森の子狐もお母さん狐のお唄をきいて、洞穴の中で眠ろうとしているでしょうね。さあ坊やも早くねんねしなさい。森の子狐と坊やとどっちが早くねんねするか、きっと坊やの方が早くねんねしますよ」
それをきくと子狐は急にお母さんが恋しくなって、お母さん狐の待っている方へ跳んで行きました。
お母さん狐は、心配しながら、坊やの狐の帰って来るのを、今か今かとふるえながら待っていましたので、坊やが来ると、暖い胸に抱きしめて泣きたいほどよろこびました。
二匹の狐は森の方へ帰って行きました。月が出たので、狐の毛なみが銀色に光り、その足あとには、コバルトの影がたまりました。
「母ちゃん、人間ってちっとも恐かないや」
「どうして?」
「坊、間違えてほんとうのお手々出しちゃったの。でも帽子屋さん、掴まえやしなかったもの。ちゃんとこんないい暖い手袋くれたもの」
と言って手袋のはまった両手をパンパンやって見せました。お母さん狐は、
「まあ!」とあきれましたが、「ほんとうに人間はいいものかしら。ほんとうに人間はいいものかしら」とつぶやきました。
おしまい
24:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 06:04:18.49ID:PLwN6qB2F
何年立ってもファッションは失われないと思うけどなぁ
25:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 06:08:57.52ID:Y2aG4pAp0
海野十三か
26:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 06:09:00.36ID:F+ABpgo1M
桜の樹の下には屍体が埋まっている!
これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。
どうして俺が毎晩家へ帰って来る道で、俺の部屋の数ある道具のうちの、選りに選ってちっぽけな薄っぺらいもの、安全剃刀の刃なんぞが、千里眼のように思い浮かんで来るのか――おまえはそれがわからないと言ったが――そして俺にもやはりそれがわからないのだが――それもこれもやっぱり同じようなことにちがいない。
27:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 06:09:36.83ID:F+ABpgo1M
いったいどんな樹の花でも、いわゆる真っ盛りという状態に達すると、あたりの空気のなかへ一種神秘な雰囲気を撒き散らすものだ。それは、よく廻った独楽が完全な静止に澄むように、また、音楽の上手な演奏がきまってなにかの幻覚を伴うように、灼熱した生殖の幻覚させる後光のようなものだ。それは人の心を撲たずにはおかない、不思議な、生き生きとした、美しさだ。
しかし、昨日、一昨日、俺の心をひどく陰気にしたものもそれなのだ。俺にはその美しさがなにか信じられないもののような気がした。俺は反対に不安になり、憂鬱になり、空虚な気持になった。しかし、俺はいまやっとわかった。
おまえ、この爛漫と咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像してみるがいい。何が俺をそんなに不安にしていたかがおまえには納得がいくだろう。
馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐爛して蛆が湧き、堪らなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚めて、その液体を吸っている。
28:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 06:10:07.36ID:F+ABpgo1M
何があんな花弁を作り、何があんな蕊を作っているのか、俺は毛根の吸いあげる水晶のような液が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがってゆくのが見えるようだ。
――おまえは何をそう苦しそうな顔をしているのだ。美しい透視術じゃないか。俺はいまようやく瞳を据えて桜の花が見られるようになったのだ。昨日、一昨日、俺を不安がらせた神秘から自由になったのだ。
二三日前、俺は、ここの溪へ下りて、石の上を伝い歩きしていた。水のしぶきのなかからは、あちらからもこちらからも、薄羽かげろうがアフロディットのように生まれて来て、溪の空をめがけて舞い上がってゆくのが見えた。おまえも知っているとおり、彼らはそこで美しい結婚をするのだ。しばらく歩いていると、俺は変なものに出喰わした。それは溪の水が乾いた磧へ、小さい水溜を残している、その水のなかだった。思いがけない石油を流したような光彩が、一面に浮いているのだ。おまえはそれを何だったと思う。それは何万匹とも数の知れない、薄羽かげろうの屍体だったのだ。隙間なく水の面を被っている、彼らのかさなりあった翅が、光にちぢれて油のような光彩を流しているのだ。そこが、産卵を終わった彼らの墓場だったのだ。
29:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 06:10:36.78ID:F+ABpgo1M
俺はそれを見たとき、胸が衝かれるような気がした。墓場を発いて屍体を嗜む変質者のような残忍なよろこびを俺は味わった。
この溪間ではなにも俺をよろこばすものはない。鶯や四十雀も、白い日光をさ青に煙らせている木の若芽も、ただそれだけでは、もうろうとした心象に過ぎない。俺には惨劇が必要なんだ。その平衡があって、はじめて俺の心象は明確になって来る。俺の心は悪鬼のように憂鬱に渇いている。俺の心に憂鬱が完成するときにばかり、俺の心は和んでくる。
――おまえは腋の下を拭いているね。冷汗が出るのか。それは俺も同じことだ。何もそれを不愉快がることはない。べたべたとまるで精液のようだと思ってごらん。それで俺達の憂鬱は完成するのだ。
ああ、桜の樹の下には屍体が埋まっている!
いったいどこから浮かんで来た空想かさっぱり見当のつかない屍体が、いまはまるで桜の樹と一つになって、どんなに頭を振っても離れてゆこうとはしない。
今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑めそうな気がする。
おしまい
30:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 06:13:19.39ID:eP4ebjYK0
裸のとこだけ読もうとしたけど長くて挫折した
31:なんJゴッドがお送りします2020/11/24(火) 06:15:41.20ID:D3UrkuDH0
狐さんかわいい
元スレ:https://swallow.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1606164873/